持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない

どうも、たか丸です。

最近は日々の効率化にハマっているわけですが、ひと月実践したところで疲れてきました。楽するのが目的だったはずなのにやってみたら疲れているなんてのは妙だ。

そんなわけでphaさんの新刊「持たない幸福論」を読んでみました。引用しながら考えたことをメモ。脱力したいときはphaさんの文章が一番だ。

理想と現実のギャップ

要は、多くの人が普通にこなせないものを「普通の理想像」としてしまっているから、みんなその理想と現実のギャップに苦しむのだ。

僕は自分のことをなんだかんだいっても真面目だと思う。東大院を休学中退するまでは高い理想を持っていたからこそ頑張れた面が強い。

だけど、僕の高い理想っていうのは所詮はphaさんの言う「普通の理想像」だったみたいで、自分の理想じゃなかった。だからなんだか知らないうちに疲れておかしくなったってわけ。

程度は違うけど、今の状況はなんだかその頃に似ている気がする。

効率化と幸せ

幸せな時間や充実した時間というものは、効率的なんていう概念とは全く別の次元にあるものだ。

僕の目指していた効率化というのは、やらなきゃいけないけど面倒なことをできるだけラクしたいというものだ。掃除、洗濯、貯蓄などなどでラクができれば他のことに注力できるはず。

それだけならよかったんだけど、趣味の時間まで管理しようとしたのがまずかった。仕事から帰ったら走って、ブログ書いて、みたいな時間割を作っていた。

趣味のレベルアップにはある程度の縛りは必要になってくるのでそれが全く間違っているとは思わないけど、ちょっとやり方がまずかったみたい。考えなおそう。

試行錯誤の途中

それぞれの人が自分の頭で、自分にはどういう生活が向いているか、どういう土地でどういう人たちと暮らしたいか、どういう物を食べてどういう物を消費して生活するのがいいか、どういう社会に生きていきたいか、などをじっくりゆっくり考えて、少しづつ実践してそれぞれの人生を生きていけばいい。

生まれてすぐ歩ける人はいない。ましてや人生の舵取りなんて壮大なテーマをはじめから上手に乗りこなせるはずはない。学生の頃から考えているけど答えはまだない。

効率化だってすぐに上手くはいかないだろう。今回はたまたまひと月で燃え尽きるプランだっただけだ。また計画を立て直せると思うと楽しくなってきた。

phaさんの言葉は要するに、ゆっくりでいいから試行錯誤をしてみたらどう?ってことだと思う。まだまだ考える余地はあるはずだ。

まとめ

もう少しゆるい自分に合ったやり方を考えます。

遊んで疲れていたのもよくなかったのかも。心と身体はつながっているらしい。しっかり寝て明日に備えよう。